平成28年10月1日(土)に、第8回近江学フォーラム 現地研修「綿向山の麓・日野を訪ねて」を開催しました。
近江学フォーラム会員のみなさん72名、スタッフ11名が参加しました。天候が心配されましたが、朝には雨が止み、晴れ間が出る研修日和の一日となりました。
ご参加いただいたみなさま、ご協力いただいた地域のみなさまありがとうございました。
《西久松所長ご挨拶》
本年度は「近江の山 信仰とくらし」をテーマに講座等を開講しています。今回の現地研修も8回目を迎えることができました。これも皆様の日頃の当研究所への温かいご厚情の賜物と厚く御礼申し上げます。本日は綿向山の麓、日野町の趣のある町並みや古社を訪ね、信楽院の天井画等を巡り、信仰とくらしを体感したいと思います。家屋の耐震化が取り沙汰される時代でもあり、また自然環境や気候の変動の中で、日本の風土に適した建物や文化を再考する機会になるのではと思います。(西久松)
■馬見岡綿向神社
もとは、綿向山(1110m)の頂上に鎮座していたが、蒲生氏が城下町を開いてから現在地に移され、湖東の大宮として信仰を集めた。山頂から2羽の雁が飛んできて消えたのを見て、村人たちが神が降りてきたと思い、山麓に社を建てたという話が残っており、このことから「二羽雁」が神紋(しんもん)となっている。壮大な境内には、拝殿や本殿をはじめ、江戸時代に日野商人が寄進したという立派な石灯籠(いしどうろう)や石橋がある。
■信楽院
浄土宗寺院。奈良時代前期、聖武天皇の勅建と伝えられている。中世にこの地方を統治していた蒲生氏の菩提寺であり、安土・桃山時代に現在地に移された。境内には県指定の文化財の本堂や書院などがあり、寺宝に、伝恵心(でんえしん)作の観音像がある。本堂の天井には、日野町出身の著名な日本画家高田敬輔作の「雲竜(うんりゅう)」を中心に描かれた縦横11mの見事な水墨画があり、墓地には蒲生氏郷の遺髪塔がある。
■近江日野商人ふるさと館(旧山中正吉邸)
山中正吉家は山中兵右衛門家(現近江日野商人館)の分家で、初代正吉は1809(文化6年)に生まれた。初代正吉は、1831(天保2年)に大間村(静岡県富士宮市)で醸造業を始め、その後、造り酒屋として財をなした。また庭園には仁正寺藩主拝領の梅古木をはじめ、近江の石工小松嘉兵衛(西村嘉兵衛)作の燈篭などが据えられ、商人の暮らしぶり、繁栄を感じることができる。
■歴史民俗資料館「近江日野商人館」(旧山中兵右衛門邸)
近江日野商人の山中兵右衛門邸を資料館として、近江商人が使っていた小物、歴史を感じるものを展示されている。
■昼食 グリーンホテル日野
綿向山を望みながら日野の郷土料理をいただきました。
■御上神社
近江富士と呼ばれる三上山の麓に位置する。祭神は天御影之神。この神が三上山に降臨したのを祀ったのが始まりといわれている。楼門をくぐると優雅な拝殿、千木のそびえる本殿、その左右に若宮社・三宮社が並んで建っている。特に本殿は県下神社建築の国宝の第一号であり、約700年前のもので、神社・仏堂・御殿の3様式が合成された御上造とよばれる建築様式をしている。